知らない人にヒドイ人
先日、友人が
髪の毛の一部が白く、10年以上染め続けていること
をSNSで公表していました。
高校2年生の冬。
昼下がりの電車の中。
「あの人の髪、白いね」
小学校に上がる前くらいの男の子が言いました。
それに応えて
「あんな髪にしたらあかんで、ろくな大人にならへん」
と、その子の母親は言いました。
私の心は、折れてしまいました。
頑張って耐えてきたけど、教師になりたい私にとって、「ろくな大人にならない」という言葉は、あまりにも辛いものでした。
僕が
多くの人が、家族や仲間には優しいのに、知らない人にヒド過ぎますよね。
こうコメントしたのに対し、彼女はこう答えてくれました。
本当に、知っている人は優しい。でも、知らない人には酷すぎる。
特に、私のように明らかな病気や障害ではなくて、一見故意に見た目を飾っているように見える人に対しての、自称良識人の方の酷さ…
知らないって怖いです。
この歌を思い出しました。
2番のこの歌詞。
左の人、右の人
ふとした場所できっと繋がってるから
片一方を裁けないよな
僕らは連鎖する生き物だよ
子供のために
あんな髪にしたらあかんで、ろくな大人にならへん
と言った母親は、1人の女性の人生を変えました。
友達の家族だったら、絶対に言わないでしょう。
でも、知らない人には言ってしまう。
本当に優しい人は、知らない人にも優しい
僕はこう考えています。
- 家族に優しいのは、人間として当たり前。
- 友達に優しいのも、まあまあ普通。
- 知らない人に優しく出来るのが、本当に優しい人。
本当に優しい人と一緒にいると気分が良くなるし、本当に優しい人はカッコいいと思います。
友達の上司が、彼女とディズニーランドに行った時。
パレードを良い場所で見るため、
帰るのはどうかと思うが、気持はよく解ります。
お店でご飯を食べている時。
店員に文句を言う人がいると、気分が悪い。他の客が迷惑していることに気付いていない。
明らかなミスは言ったら良いが、「そんな言い方せんでも」と思います。
駅からバスで通っていた大学生の時。
友達が運転手に「ありがとう!」と(!
運転手も嬉しいだろうし、僕も気分が良かったです。
知ってる人が減っている
近所付合いが無くなっている都市では、「知ってる人」が減っています。
ネット上での交流は盛んですが、家族の顔まで知っているような付合いは、どんどん減っています。
「自分達さえ良ければいい。」という発想になりがちですが、
左の人、右の人
ふとした場所できっと繋がってるから
を思い出して、本当に優しい人を目指したいですね。
以上。最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m