幸せそうな人インタビュー⑤小野 貴さん「周りに支えられているから、僕は絶対に幸せ」

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小野 貴(Ono Takashi)さん

  • 同志社大学商学部
  • 社会人2年目 24歳

 

桑理:「幸せそうな人インタビュー」にご協力、ありがとうございます。今日聞きたいのは

  1. 幸せそうに見えることについて、本人ではどう思うか
  2. 自分が変わるきっかけ
  3. 世の中に対して思っていること

この3つです。

小野:緊張するなー。シャイやから(笑)。
まず、自分が幸せそうに見えることはメッチャ嬉しいです。自分の存在意義は起爆剤だと思っているので。

桑理:起爆剤?

小野:実は僕、高校も大学も勉強せずAO入試で入りました。だから「自分は勉強ではなく、何を求められているのか?」と考えていました。これ、後の話にもつながるのですが、AO入試の面接の時、オドオドしている僕を見て教授が「周りを刺激するのが君の役割。もっと自信を持っていいよ。」と言ってくれました。その時に起爆剤になろう」と決心しました。幸せそうに見えることは、周りの刺激になっていることかと思うので、嬉しいです。
実際のところも幸せです。不満を感じることはもちろんありますが、楽しいことがたくさんあります。それも周りの人に恵まれているからだと思います。周りの人が僕を支えてくれているので、僕は絶対に幸せなんです

桑理:「周りに刺激を与えようと思っているからこそ、幸せそうに見えることは嬉しい。周りに支えられているので、実際のところも幸せ。」ということですね。

小野:相当幸せだと思うし、今後不幸になることも確実に無いと思っています。多少落ち込むことはあっても、それは気分の波でしかないので。
でも、昔はもっとシャイな人間だったので、そのころから比べると想像できないくらいメンタル強くなりました。恥ずかしい話ですが、大学2回生の夏まで、1人でお店にご飯を食べに行けなかったんです。周りの人にどう思われているのかと考えると、恥ずかしくて。初めて食べたのが1人で浜松に旅行した時で。「浜松と言えば鰻」と思って勇気を出してお店に入ったら、1番安いメニューが鰻丼2,800円。今更お店を出るわけにもいかず、緊張で震えながら、味も分からず一瞬で食べました。でも、これで折れちゃいけないと思って、その日だけでお店を5件くらい回ってなんとか克服しました(笑)。

桑理:そんなにシャイとは。今からは考えられないなー。

小野:服を買いに行っても、声をかけられるのが本当に嫌でした。昔は、自分では何もできない人間。さらに、自分には取り柄が無くて。学校で友達が表彰されることがあっても、自分には何もない。「このままでは社会に出ることができない。変わらなきゃ。」と思うようになりました。そんな中、自分が大きく変われた出来事が2つあって。

桑理:「自分が変わるきっかけ」ですね。

小野:1つ目は中学・高校でやった介護のボランティア。中学校がボランティアに積極的で、姉もやっていたからという情けない理由で始めたんですけど、はまってしまって。6年間続けたら、県から表彰されました。

桑理:6年間も。凄いですね。

小野:2つ目は、僕、高校の時コンピューター部で。高校で部活に入ることが強制だったんですけど、ある日ボウリングでヒザを壊してしまい、運動部はダメ。文科系が吹奏楽かコンピューターしか無くて、消去法で入ったんですが、周りからの評判が悪い。それが嫌で嫌で。でも「皆の役に立つことをしたら認めてくれるんじゃないか」と思いました
商業高校だったから情報処理の授業があるんですけど、部活で既に勉強していることだから先生と一緒に教える。代わりに授業を任されたこともありました。一生懸命やったら全国大会にも出場できて、国家資格も取れて。「やったらできる」「変えようとすれば変えられる」と気づきました。

桑理:ヒザを壊してコンピューター部。それは全然知らなかった。

小野:高校卒業後の進路を選ぶ時、自分のやりたいことを考えました。介護ボランティアの経験から「自分が考える理想的な介護施設をつくりたい」と思い、「そのためには経営を勉強しないといけない」という単純な考えで大学探しを始めました。その時に初めて、同志社大学を知ったんです。創設者が新島襄っていうんですけど、、、

桑理:知ってます!「八重の桜」見ましたよ。

小野:同志社大学のパンフレットを取り寄せたときに、新島先生が創設の時に書いた文章があって。カンタンに言うと「どんなやつでもこい。でも、優柔不断でずるいやつにはなるな」。それを見た時に涙が流れたんです。「自分でも受け入れてくれるかもしれない」と思って。
模試はF判定しか出ないけど、AO入試がある。たまたまコンピュータ部の先輩がAO入試で同志社に行っていたので、その先輩に相談したら、毎日毎日夜中に書類を添削してくださったり。高校の先生が「離婚したらお前のせいだ」とか言いながらも、僕の準備に毎日夜まで付き合ってくれたり。もっと話したいことはあるんですけど。周りの人がとても応援してくれて無事に同志社に入ることが出来ました。

桑理:とてもいい話。。。

小野:変わる前の自分は、本当にダメでした。昔の書いてた日記に「今日もマジだるかった。先生くそ。」とか書いてたり、心まで腐ってました。

桑理:本当に、今からは考えられないですね。。。「今のままではダメだ」という思いと、ボランティア・部活が重なって変わったんですね。さらにAO入試での大学教授の言葉。

小野:そうです。でも、もう1つきっかけとなったことがあるんです。それが吉原()

桑理:マジっすか(笑)。

※「吉原」とは、小野さんの同志社大学商学部の同級生、吉原隆之介さんのこと。吉原さんと桑理は会計士受験仲間であり、小野さんと桑理は吉原氏を通じて出会っている。彼の詳細については、小野氏のブログ「せんまさおblog: 吉原隆之介という男」を参照。

 

小野:大学に入ると、残念なことに入学前のアツい気持が徐々に薄れていってしまって。飲み会、カラオケ、ボーリング、、、と普通の大学生の毎日。
そんな1回生の冬、吉原とスカイプをしていた時に「お前もっと遊べ」と言われたんです。その言葉に本当に目の前がグニャっと歪みました。冷や汗も出て、動悸が止まりませんでした。「楽しいと言えば楽しいけど、本気で楽しいのか?自分にとっての遊びって、楽しいって何だ?やばい分からない!
それから、経営を学ぶために「商品開発サークル」入ったり、一人で旅行してみたり、イベント企画、ダンボール川下り、山登り、、、とにかくいろんなことをするようになりました。

桑理:そうなんですね!なぜ彼は「お前もっと遊べ」と言ったんでしょう?

小野:僕も後から聞いたことあるんですけど、吉原は「覚えてない」と(笑)。

桑理:そうっぽい(笑)。

小野:彼から受けた影響はまだあります。実は、最初は吉原を心の底から”嫌い”と思っていたんです(笑)。頭良いし、おもしろいし、顔もまぁまぁいいし(笑)。いつもみんなの中心にいる。それが、妬ましかった。
でも、吉原はそんな僕にも優しかったんです。「なんで優しくすんねん」と聞いたら「いやお前のためちゃうで。自分のためやで。」って。それも衝撃でした。
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桑理:あー。聞いたことある(笑)。

小野:それで「自分は小さい世界で生きてたんやな」と思いました。そういえばボランティアも自分が楽しかったからしていたんだなと。

桑理:これも良い話ですね。。。最後に、世の中に対して思っていること、ありますか?

小野:うーん。。。誤解を生むかもしれませんが、これは僕のエゴとして聞いてください。
楽しいことはいくらでもあるのに、狭いところで閉じこもっているのはもったいない」と思います。
僕も昔、今考えたらどうでもいいことで悩んでいました。本当に死にたいと思っていました。でも、そもそも日本に生まれていることが超ラッキー。こんなにも恵まれていて希望に満ち溢れているのに、どうでもいいことで悩んでいる。ポジティブな言葉は信じないくせに、ネガティブなことは疑わない。

桑理:たしかに。

小野:でも、自分の居場所が少ないと、小さなことで悩んでしまいます。昔の自分もそうでした。居場所が少ないと、その糸が一本切れるだけで落ちてしまう。例えば引越しとか、災害とか、自分が意図しないことでも落ちてしまうんです。だからネガティブになってしまう。
糸はたくさん掴んでおくべきだと思います。それが自分の居場所をつくるということです。自分の居場所をたくさんつくるということは、幸せの要因でもありますし、何より自分を守るためでもあるんです。これはなにも恥ずかしいことではないと思います。

桑理:”自分の居場所”とはよく言う”コミュニティ”ですね。

小野:そうですね。僕はいろんなことをした結果、たくさん居場所ができました。

桑理:そうやって、幸せを作ってきた。

小野:今は大学生向けに居場所作りをする活動をしています。将来的には、僕の大好きな高齢者にも広げて、幸せを感じて生きていける方を一人でも多く増やします!

桑理:最後まで素晴らしいです!どうも、ありがとうございました。

 

編集後記

小野さんでインタビューは5人目。
このインタビューの前、私は「幸せそうに見えるのは、性格の問題ではないか?」と仮説を立てていた。しかし、小野さんによって、その仮説は見事に打ち破られた。

自分はダメだと思っていた中学生が、人から認められる経験によって自信を得る目標を立ててチャレンジすると、周りが応援してくれる
周りに支えられているから、僕は絶対に幸せ」。そう言い切る小野さんは、これからもチャレンジを続けるのだろう。私も小野さんの夢を応援していきたい。
仮説を打ち破られた私は、これからもインタビューを続けていく。

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